原状回復の負担区分|国交省ガイドラインで見る貸主負担と借主負担の境界線
2026年9月8日
原状回復とは「借主の故意・過失による損耗を元に戻すこと」
原状回復の負担区分でまず押さえるべき結論は、「借りたときの状態に完全に戻す義務ではない」ということです。国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」では、原状回復を「賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧すること」と定義しています。年数の経過による変化(経年変化)や、普通に暮らしていれば生じる汚れや傷(通常損耗)は、原状回復の対象に含まれず、その費用は賃料に含まれていると考えるのがガイドラインの立場です。
この考え方は、2020年4月に施行された改正民法にも明文化されました。民法621条は、借主が賃借物を受け取った後に生じた損傷について原状回復義務を負うとしつつ、「通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く」と定め、さらに借主の責めに帰することができない事由による損傷も除外しています。
本記事では、この原則を前提に、貸主負担と借主負担の具体例、経過年数の考え方、特約が有効とされる条件を整理します。
貸主負担となる損耗の例
ガイドラインが「賃貸人の負担」として例示しているものには、次のようなものがあります。
| 場所 | 貸主負担の例 |
|---|---|
| 床 | 家具の設置による床・カーペットのへこみや設置跡 |
| 床 | 日照など自然現象による畳やフローリングの変色 |
| 壁・天井 | 冷蔵庫やテレビの背面に生じる、いわゆる電気ヤケの黒ずみ |
| 壁・天井 | 壁に貼ったポスターやカレンダーの跡、日照によるクロスの変色 |
| 壁・天井 | 画鋲やピンの穴で、下地ボードの張替えが不要な程度のもの |
| 壁・天井 | エアコン設置による壁のビス穴・跡 |
| 建具 | 地震で破損したガラス、網入りガラスの構造的な亀裂 |
| 設備 | 経年劣化による設備の故障・使用不能 |
| 鍵 | 破損や紛失がない場合の鍵の取替え |
| 全体 | 借主が通常の清掃を行っている場合の、専門業者による全体のハウスクリーニング |
| 全体 | 次の入居者確保のための畳の裏返し・表替え、消毒(台所・トイレ) |
いずれも「普通に住んでいれば避けられない」か「次の入居者のためのグレードアップや募集準備」に当たるものです。これらは借主に請求できません。
借主負担となる損耗の例
一方、借主の故意・過失や、手入れを怠ったことによる損耗は借主負担とされます。ガイドラインの例示から代表的なものを挙げます。
| 場所 | 借主負担の例 |
|---|---|
| 床 | 引越し作業で生じた引っかき傷 |
| 床 | キャスター付きの椅子などによるフローリングの傷・へこみ |
| 床 | 飲み物をこぼしたまま放置したことによるシミやカビ |
| 床 | 冷蔵庫下のサビを放置して床が汚損したもの |
| 壁・天井 | 結露を放置して拡大したカビやシミ |
| 壁・天井 | タバコのヤニや臭いで、通常のクリーニングでは除去できないもの |
| 壁・天井 | 釘やネジの穴で、下地ボードの張替えが必要な程度のもの |
| 建具・設備 | 飼育ペットによる柱・クロスの傷や臭い |
| 設備 | 手入れを怠った風呂・トイレ・洗面台の水垢やカビ |
| 設備 | 日常の不適切な手入れによる設備の毀損 |
| 鍵 | 借主の紛失・破損による鍵の取替え |
境界線は「損耗の存在」ではなく「損耗の原因」にあります。たとえば壁の穴は、画鋲程度なら貸主負担、下地まで達するネジ穴なら借主負担というように、同じ場所でも程度によって区分が変わります。退去立会いで写真とともに程度を記録しておくことが重要になる理由はここにあります。当日の確認方法は 退去立会いの流れと当日のチェックリスト にまとめています。
経過年数の考え方:クロスは6年で残存価値1円
借主負担と判断された損耗であっても、借主が費用の全額を負担するとは限りません。ガイドラインは、建物や設備の経年による価値の減少を考慮し、入居年数に応じて借主の負担割合を減らす考え方を示しています。
代表的な耐用年数の例は次のとおりです。
| 対象 | 耐用年数の例 | 備考 |
|---|---|---|
| 壁紙(クロス) | 6年 | 6年経過で残存価値1円 |
| カーペット、クッションフロア | 6年 | 同上 |
| 畳床 | 6年 | 畳表は消耗品として経過年数を考慮しない |
| エアコンなど冷暖房機器 | 6年 | |
| 便器、洗面台などの給排水・衛生設備 | 15年 | |
| フローリング | 経過年数を考慮しない | 部分補修が原則。全面張替えは建物の耐用年数で考える |
たとえばクロスの耐用年数は6年で、6年経過した時点の残存価値は1円とされます。3年住んだ借主がクロスを汚損した場合、借主の負担割合は残存価値に応じて50%程度になるという考え方です。この計算は「入居時に新品だったか」によっても変わるため、入居時の状態を記録しておくことが精算の前提になります。
なお、襖紙や障子紙、畳表のような消耗品や、フローリングの部分補修、鍵の取替えについては経過年数を考慮しないとされています。フローリングの傷を借主の過失で付けた場合、部分補修の費用は入居年数に関係なく借主負担となる点に注意が必要です。
負担範囲の考え方:張替えは「毀損部分を含む一面」まで
借主が負担する範囲も、損耗箇所に限定するのが原則です。ガイドラインは、クロスの張替えについて「㎡単位が望ましいが、賃借人が毀損させた箇所を含む一面分までは張替え費用を賃借人負担とすることもやむを得ない」としています。部屋全体のクロス張替え費用を、一箇所の汚損を理由に請求することはできません。
床についても同様で、毀損部分の補修が原則です。色合わせの都合で部分張替えが難しい場合でも、部屋全体ではなく一面分程度が上限の目安になります。
特約が有効とされる3つの条件
「クリーニング費用は借主負担」「退去時にクロスを全面張替え」といった特約を契約書に入れているケースは少なくありません。ただし、通常損耗や経年変化まで借主に負担させる特約は、無条件に有効となるわけではありません。ガイドラインは、特約が有効となる条件として次の3つを挙げています。
- 特約の必要性があり、かつ暴利的でないなどの客観的・合理的理由が存在すること
- 借主が特約によって通常の原状回復義務を超えた修繕等の義務を負うことについて認識していること
- 借主が特約による義務負担の意思表示をしていること
実務上は、特約の内容が具体的で(「クリーニング費用○○円を借主負担とする」のように金額や範囲が明示されている)、契約時に借主へ説明し、署名や記名押印で意思を確認していることが求められます。「原状回復費用は全額借主負担」のような包括的な特約は、これらの条件を満たさないと判断されるおそれがあります。
特約に基づく請求であっても、退去立会いで説明し、精算書に根拠を示すことがトラブル防止につながります。精算の進め方は 敷金精算の流れとトラブル防止策 を参照してください。
実務で迷いやすいケースの考え方
負担区分の判断で現場が迷いやすいケースを、ガイドラインの考え方に沿って整理します。
- ハウスクリーニング:借主が通常の清掃をしていれば貸主負担が原則。借主負担とするには、金額・範囲が明示された有効な特約が必要
- 鍵交換:紛失・破損がなければ貸主負担。防犯目的の交換は次の入居者のための費用
- エアコンの内部クリーニング:通常使用による汚れは貸主負担。喫煙などで通常を超える汚損があれば借主負担となりうる
- 結露によるカビ:借主が結露を放置して拡大させた場合は借主負担となりうるが、建物の構造や断熱性能に起因する部分は貸主負担
- ペットによる損耗:ペット可物件でも、傷や臭いは通常損耗ではなく借主負担とされるのが一般的
判断の根拠は「原因」と「程度」です。退去立会いで写真と借主の申告を記録しておけば、これらのケースでも説明可能な精算ができます。
まとめ
原状回復は「借主の故意・過失による損耗を復旧すること」であり、経年変化・通常損耗は貸主負担です。この原則は国土交通省のガイドラインと民法621条の両方に示されています。借主負担となる損耗についても、クロスなら6年で残存価値1円という経過年数の考え方と、毀損箇所を含む一面までという範囲の考え方が適用され、特約で通常損耗まで借主に負担させるには3つの条件を満たす必要があります。
負担区分を正しく判定するには、入居時の記録と退去立会いでの丁寧な確認が欠かせません。退去立会いや原状回復工事をガイドラインに沿って対応できる事業者を探す際は、退去立会い代行・原状回復Naviの関東エリアなどのエリアページから、物件所在地に対応する会社を比較してみてください。